夫の実家に来るたびに思う。
本当に同じ日本だろうか?と。
大学でわたしは異文化コミュニケーションを専攻していた。
海外旅行も留学もして、それなりに「文化の違い」には慣れているつもりだった。
でもいちばん適応に苦労しているのが、夫の実家だ。
結婚って、相手とするものだと思っていたけれど、実際は「相手の家庭文化」と結ぶ契約に近い気がしている。そしてそれは、国境よりもずっとややこしいw
方言は8年経っても完全にはわからない。だから会話の輪に入っているようで、半歩外にいるような感覚がある。
食文化も正直あまり合わない。いや、全然合わない。太平洋の向こうや、日本海の向こうの国のご飯の方が大好きだ。
どちらが正しいとか、常識的とか、そういう話ではない。
人は自分が育った文化を「快適」と感じるようにできているだけ。
同じ“何もしない時間”なのに、
自分の実家ではあんなに解放感があるのに、ここではじわじわと体力を削られていくのはなぜだろう。
家事をしているわけでもない。
気を遣って動き回っているわけでもない。
それでも確実にすんごく疲れる。
たぶん、「完全に自分でいられない場所」に長時間いるから。
そして、夫が「夫」ではなく「息子」に戻るのを見るのも、地味に効く。
本人は無自覚だろうけど、態度は少し大きくなるし、親に対して遠慮なく振る舞う。彼にとっては“安心している証拠”なんだろうけど、隣にいる側からすると、気持ちのいいものではない。
ああ、この人はここでこうやって育ったんだなと妙に生々しく理解してしまう瞬間がある。そしてイラッとする。
帰省というのは、休みのはずなのに、どこかでずっと「異文化適応」をしている。
だから何もしていないのに疲れる。
企業努力で、「帰省疲労休暇」みたいなものが導入されないだろうか。
お盆と年末年始とGWに、あと2日くらい追加で。
妻だけじゃなくて、わたしの実家に来たらたぶん夫だってそれなりに消耗しているし、同居している人たちや、いわゆる“マスオさん”的な立場の人たちだって同じはずだ。
誰も悪くない。
ただ文化が違うだけ。
でもその“違うだけ”が、思っているよりずっと人を疲れさせる。
そんなことを、8年目の帰省でまだ考えている。

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