美しい言葉を浴びて、美しい言葉を話したい

最近、同年代の女性の言葉遣いが妙に耳に残ることがある。
雑というか、乱れているというか、怖いというか。
でもそれって結局、触れてきた言葉の質がそのまま口から出ているだけなんだと思う。

人は毎日浴びる言葉に形づくられると思いませんか?
本、文章、会話。
美しいものに触れていれば、自然と呼吸のように丁寧な言葉が出る。
逆に荒い言葉ばかり浴びていれば、そのまま荒れた調子になる。

怖いのは、荒さって本人は気づきにくいこと!
ファッションの“野暮ったさ”が自分では見えないのと同じ。

だからこそわたしは意図的に美しい言葉のそばにいたい。
文章でも、人でも、少し先を歩く人の言葉に触れていたい。

言葉は、最後に残る身だしなみだと思っている。
服は脱げるけれど、言葉の癖は一生まとっていくものだから。

わたしはこれから先も、
自分の未来を少しだけ品よく照らしてくれる言葉を選んでいきたい。
その積み重ねが“粋な大人”の輪郭の一つになるはずだから。

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