「空気を読みすぎる」長女が、粋に歳を重ねたいと思う理由

昨日の続き。
わたしは昔から“空気が読める子”だった。
正確に言えば、読めてしまう子だった。

長女として生まれ、3歳から「お姉ちゃん」。名前で呼ばれた記憶はない。
しっかりして、気を配って、親を心配させず、周りに波風を立てないように。
それが無意識に身に染みついてしまった。

でも空気って読みすぎると息ができなくなる。

場の雰囲気が重かったり、自分が苦しくなる空気だと、
わたしはその圧に押しつぶされないように、
わざと壊すような発言をしてしまう。

本当はただ辛いだけなのに。
そのSOSが伝わらずに「空気読めない人」にされて、
ますます孤独になって、ますます苦しくなる。
…長女あるある?かもしれない。

でもここが実は “粋なおばあちゃん” につながっていた。

粋って、
◎媚びない
◎我慢しすぎない
◎自分の呼吸で生きる
◎静かに美しく距離を取る
そういう“自由さ”の上に成り立っている。

わたしが長年苦しんできた「空気に縛られる感覚」とは、
粋を目指す生き方の真逆だったのかもしれない。

だからこそ今強く思う。

歳を重ねるほど、心の自由度が高い女性でいたい。
若い頃よりラクに深呼吸できるおばあちゃんになりたい。

粋なおばあちゃんって、
空気を読むんじゃなくて、
“自分の空気”を持っている人。

人に合わせすぎて息苦しかった長女時代のわたしが、
最終的に“粋”という生き方に惹かれたのは、
当たり前なんだと思う。

わたし自身を取り戻すプロセスだったのかもしれない。

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