わたしが“粋なおばあちゃん”にたどり着くまで

長女として生まれ、3歳のころから「お姉ちゃんなんだから」と言われ続けてきた。
しっかりしなきゃいけない、空気を読まなきゃいけない、親を心配させてはいけない。
そんな“義務”の中で育ったわたしにとって、学生時代のいじめは追い打ちだった。

誰にも言えず、1人で耐えて、
“人にどう見られるか”だけを考えて生きる癖がついた。

そんなわたしを変えたのは、初めての海外。
アメリカの女の子たちは自由で、楽しそうで、
自分の人生を自分のために使っていた。

「わたしも、もっと自由に生きていいんだ」
その気づきが、高校から20代にかけての“アメリカ信者”時代をつくった。

だけど本当に衝撃だったのは、母とのフランス旅行。
ツアーガイドさんが話す“フランス人の生き方”が、
まるで胸の奥にぴたりとはまった。

自分の美意識を大切にする。
周りではなく、自分の軸で選ぶ。
誰かの期待に合わせて生きない。

あれ?これ、わたしがずっと欲しかった生き方だ。
そう思った瞬間、アメリカ信者からフランス信者へ、
静かに、でも確実にシフトした。

そして気づいた。

わたしが今語っている“粋なおばあちゃん”って、
フランス人のあの芯のある品格と、
私自身がずっと求めてきた“自由に生きる心”が混ざりあった形なんだと。

幼いころの我慢も、学生時代の孤独も、
海外で浴びた自由の空気も、
全部が今につながっている。

「粋なおばあちゃんになりたい」という言葉の裏には、
“ようやく自分のために生きたい”という、
長年の願いがちゃんと息づいている。

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